リンは新星爆発が生み出した ―必須元素の起源に迫る―

プレスリリース

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DATE: 2024年5月10日
辻本 拓司(国立天文台 JASMINEプロジェクト 助教)
戸次 賢治(西オーストラリア大学 国際電波天文学研究センター 教授)

発表概要

遺伝子を合成するのに不可欠な元素であるリン。それが一体宇宙のどこで作られるのか、我々はこれまで明確な答えを持っていませんでした。今回、恒星進化の最終段階で残される白色矮星の、その中で最も重い星の表面で生じる爆発によって、大量のリンが合成されることを突き止めました。さらに、その爆発頻度、つまり宇宙へのリン供給率が、46億年前の太陽系誕生時は現在より高かったことも明らかとなりました。

Figure 1
図1:新星爆発によるリン生成から地球における生命(DNA)誕生までの概念図。新星とは、白色矮星と進化の進んだ恒星からなる連星系において、恒星からのガスが白色矮星の表面に降り積もることで生じる爆発現象です。その際の核融合反応で大量のリンが合成されます。この新星爆発で合成されたリンは、やがては宇宙塵や隕石の一部として地球に降り注ぎ、遺伝子であるDNAなどを合成し、生命の誕生へとつながったと考えられます。(クレジット:国立天文台)

発表内容

リン元素は、生命にとって欠かす事のできないとても貴重な元素です。遺伝子であるDNA、RNA、そして細胞膜を作るのにリンは不可欠だからです。生物の体は細胞からできていますから、そのすべての細胞にリンは含まれていることになります。では、一体リンはどのようにして作られたのでしょうか?全ての元素は宇宙の誕生と進化を通して生み出されたものです。つまり、すべてが宇宙起源です。最初に宇宙の誕生と同時に水素が作り出されました。この水素はあらゆる元素の原点となるべき素材であり、元素創生の産声があげられたのです。 そして、宇宙誕生から数億年という時間が経過した頃、宇宙に最初の星が生まれることになります。 その星の中で炭素や酸素といったそれまでの宇宙には存在しなかった新たな元素が次から次へと生み出されていったのです。その星もやがては死を迎えます。この星の死に伴った星の大爆発に代表される現象によって、元素は宇宙に開放されます。この星の大爆発は超新星と呼ばれています。この超新星という星の死に伴う現象によって、星が一生の間に作り上げてきた元素と爆発の際に合成される元素から成る多種多様な元素が宇宙空間にばら撒かれるのです。リンもこの超新星によって合成そして放出されると考えられていました。つまり、我々の体内にあるリンは全て超新星由来であるという考えがこれまでの定説となっていました。 ところが、この「リン超新星起源説」では観測事実を説明できないこともわかっていました。我々は、銀河系(天の川銀河)でリンの存在量(ガス中に含まれるリン含有量)が昔から現在に至るまでどのように変化してきたかを、星の分光観測から化学組成を測ることで知ることができます。星にはとても古い100億歳を超えるものから生まれたばかりの若い星まで存在します。それらの星の化学組成はその星々が生まれた時の銀河の様々な元素の存在量を教えてくれるのです。つまり、たくさんの年齢の違う星のリンの含有量を測ることから、銀河系での100億年以上の歴史の中で、どのようにリンの量が変化してきたか、つまり -リンの化学進化- 、を知ることができるのです。このように観測で明らかにされたリンの化学進化が、超新星起源説では全く説明できなかったのです。超新星で予測されるリンの合成量が観測から期待される量に全然足りないのです。この原因は超新星の元素合成理論モデルの何らかの問題であろうという暗黙の認識の元、その解決への努力は長年放置されていました。そういう状況の中、今回、西オーストラリア大学と国立天文台との国際共同研究チームは、超新星以外にリンを合成する天体が他にあるのではないかという予測を立て、研究を続けたのです。そして、この天体が「新星」であることを突き止めました。

Figure 2
図2:銀河系におけるリンの鉄に対する比率の120億年にわたる進化を示す観測結果と、それを解釈するための今回明らかにされた理論的シナリオ。リン進化の歴史は大きく3つの時代に大別することができる。観測データは個々の星における鉄の量とリン鉄比の相関を示す。青いデータは近紫外線観測で得られたもので、地上からの観測ではなく、宇宙からの観測-ハッブル宇宙望遠鏡-で取得されたものである。一方、赤いデータは地上での近赤外線観測で得られたものであるが、リンの吸収線が非常に弱いため、観測ターゲットは金属量が高い星に限られてしまう。新星より早く超新星が化学進化への寄与を始めるため、初期のリンは全て超新星由来である。また、新星の発生頻度は金属量に依存しており、少ないほど高くなる傾向がある。Ia型超新星とは重い星の爆発のものとは別種の超新星で、鉄を多く放出するがリンは合成しない。爆発までに時間がかかるため銀河形成初期には寄与せず、80億年前以降の化学進化を促進する。(Bekki & Tsujimoto 2024から転載。)

新星とは、突如星が明るく輝くように見える現象です。これは連星系にある白色矮星の表面に伴星からのガスが降り積もり、ある臨界量に達すると核反応の暴走が起こり、爆発現象として観測されるものです。新星現象が同じ白色矮星で何度も起きることは、観測的に回帰新星としても知られています。白色矮星は宇宙に存在する多くの星の終焉の姿であり、太陽も数十億年後には白色矮星になり現在のような輝きを失います。ただ、太陽は連星系にないため、将来新星爆発を起こすことはありません。今回注目されたのは太陽の7〜8倍という白色矮星になる星としては最も重い星が起源の「重い白色矮星」です。このような重い-平均質量が0.6太陽質量のなか太陽質量の約1.3倍という-白色矮星は酸素、ネオン、マグネシウムから構成されており、これに由来する新星は通常「酸素・ネオン新星」と呼ばれています。これまで新星が元素を供給する場として注目されることは、リチウムという元素を除いてはほとんどありませんでした。これは、新星で作られる元素量が星全体の爆発である超新星などに比べて圧倒的に少ないからです。ところが本研究にて、酸素・ネオン新星でリンが他の元素とは異なり桁違いに多く作られることが見出されました。そして、同じ酸素・ネオン白色矮星で新星爆発が10億年以上の間に何度も繰り返し発生することを計算に入れると、その最終的な合成量は超新星を大きく凌駕することがわかったのです。 図2に、今回始めて明らかにされた銀河系の誕生時から現在までの120億年にわたるリン比率の進化のシナリオが描かれています。まず、最初の酸素・ネオン新星がリンを供給し始める前に生まれた星のリン含有量の観測結果から、超新星ではリンが少量しか作られないというこれまでの理論計算が正しかったことがわかりました。さらに、今からおよそ80億年前の宇宙で、重い新星からのリンが徐々に蓄積されていった結果、他の元素(鉄など)に対するリンの比率が最も高くなっていたことがわかりました。その後、現在に向かって徐々に重い新星が発生する頻度が低くなったこと、また同時に他の元素が別種の超新星で合成されていったことから、銀河内でのリンの比率は減少していったと考えられます。ですので、太陽系が生まれた46億年前当時の銀河では、現在よりリンは効率よく生産され、豊富に存在していたのです。地球が誕生した46億年前の宇宙は生命を生み出しやすい環境だったと言えるのかもしれません。

Figure 3
図3:理論モデルと観測データの比較。今回新たに提案された「新星モデル」は観測をうまく説明できている一方、従来の「超新星モデル」は観測データと合致しないことがわかる。観測データの大きな分散は、重い新星からのガス放出量の違いを反映していると考えられる。(Bekki & Tsujimoto 2024から転載。超新星モデルはCescutti et al. 2012, Astronomy and Astrophysics 540, A33より抜粋。)

図3では、本研究で提案された「リン新星起源説」に基づいて計算されたモデル結果が示されています。新星からは各爆発で放出されるガスの量にはばらつきがあることが観測的にわかっていますが、それをモデルに導入することで、観測データに見られる大きな分散をうまく説明できています。一方、従来の超新星モデルでは、観測データの傾向を説明できていなかったこともわかります。また、今回のモデルの正当性の検証は将来可能です。重い新星ではリンと同時に、「塩素」を大量に合成することもわかりました。そのため、銀河系における塩素の進化はリンと同様の進化を辿るはずだと予言できます。一方現時点では星での塩素の観測は、大きな困難を伴うため数少ない星でしか行われておらず、塩素の進化の道筋を知ることはできていません。我々は塩素の含有量を、多くの星について観測で明らかにすることを企画しています。

リンがもしこれまでの定説通り超新星だけでしか作られていなければ、この宇宙に生命が生まれることはなかったかもしれません。星の大爆発という華々しい超新星に比べれば、星の表面での小爆発という、派手ではない一見地味な天体現象が、生命を宇宙へもたらした重要なイベントであった可能性を本研究は示唆しています。地球上でどのように生命が誕生したかは未だ謎に満ちています。主流の考えに基づくと、リンを始めとした生命に必須の元素が地球上で凝縮したところでの一連の化学反応を通して、最初の生命がおよそ38億年前に誕生しました。これら生命起源の化学物質は隕石や宇宙塵が、現在よりもはるかに多い量が高い頻度で地球誕生期の数億年にわたり地球へ降り積もったことからもたらされたと考えられています。これら太陽系始原物質に重い新星起源のリンが大量に含まれていたことが、地球での生命誕生へつながったと考えることもできます。宇宙生物学(アストロバイオロジー)への新星の役割の重要性を本研究は主張しています。


論文情報

この研究成果は、米国の天体物理学雑誌「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」オンライン版に、2024年5月10日付で掲載されました(Bekki, K. & Tsujimoto, T. “Phosphorous Enrichment by ONe Novae in the Galaxy”)。
DOI: 10.3847/2041-8213/ad3fb6


研究助成

本研究は、JSPS科研費(課題番号:JP18H01258、JP19H05811、JP23H00132)の助成を受けて行われました。