銀河中心の大質量ブラックホール
―観測データ、再解析、高速回転する降着円盤か?―

プレスリリース

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DATE: 2024年10月25日
三好真 (国立天文台 JASMINEプロジェクト 助教)
加藤成晃 (気象庁情報基盤部数値予報課・技術専門官)
牧野淳一郎 (神戸大学 大学院理学研究科 惑星学専攻・特命教授)

発表概要

イベント・ホライズン・テレスコープの観測によって2022年に天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホール像だとして報告されたリング状の姿は、本当の像ではなく、望遠鏡の特性によってできた形状である可能性が高いと結論しました。 今回の再解析からは、東西に伸びた形状が確認されました。これは過去の高空間分解能観測の結果とも矛盾しない構造です。ブラックホールの周りを光速の約60パーセント程度で高速回転する降着円盤の姿が見えていると思われます。 高速回転によるドップラー効果により東側半分が明るく、西側半分が暗く見えています。ブラックホールの極めて近く、シュワルツシルト半径の約2倍から数倍のあたりの姿です。

Figure 1
図1:再解析された天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホール(Sgr A* ; サジエースター)の画像。 この画像では電波強度が強い部分は赤く、弱い部分は青く示されています。 像は東西方向(図では左右)に伸びています。 しかし、東西を比べると、東側(左側)が明るく、西側(左側)が暗くなっています。これは降着円盤が高速回転することで起きるドップラー効果 (ドップラー・ブースト効果) のせいだと考えられます。我々の方に向かってくる方向に回転する東側は明るく、逆に遠ざかる方向に回転している西側は暗くなります。 右下の像は参考として EHTC の報告した像を同一縮尺で描いたものです。

発表内容

イベント・ホライズン・テレスコープ (Event Horizon Telescope, 以降 EHT と呼びます)を用いた観測から、その研究グループであるイベント・ホライズン・テレスコープ・コラボレーション (以降 EHTC と呼びます)はブラックホールの像を報告しています。 我々の天の川銀河系中心には太陽質量の約400万倍の質量をもった超大質量ブラックホール(Sagittarius A* = Sgr A*, いて座Aスター、以降 Sgr A* と呼びます)があり、 そのブラックホールの存在を明らかにしたドイツのゲンツェル、アメリカのゲッツは2020年のノーベル物理学賞を授与されています。 EHTCはEHTによって2017年に Sgr A* を観測、2022年にその結果を論文報告しています。そのブラックホールの姿として 直径約50マイクロ秒角のリング (これは月面に一円玉5枚を並べてある様子 ―― 長さ10cmに相当 ――を地球から見た時の見かけの角度と同じです)を公表しました。 50マイクロ秒角の直径は地球から Sgr A* までの距離、Sgr A* のブラックホール質量から一般相対性理論によって計算されるブラックホールの暗黒部分、「ブラックホール・シャドー」のサイズと一致していました。 このことからEHTCはブラックホールが見えたと考えました。しかし、我々は公開されているEHT観測データを独自に再解析したところ、リング像ではなく、東西に伸びた姿が得られました。 我々の像とEHTCのリング像のどちらが正しいのでしょうか? 観測データと撮像結果がどれだけ一致しているか、つまり観測データとの整合性を調べました。 データのもつ振幅値に関してEHTCリング像は我々の像の場合にくらべて2倍の大きさの残差を示しました。このことから我々の像のほうが観測データと整合し、より信頼度が高いと判断しています。 では、直径50マイクロ秒角のリング像はなぜ得られたのでしょうか?どんな望遠鏡も天体像そのものを完全に正確にとらえることはできません。 天体望遠鏡で恒星を観測すると、点像にはならず、にじんだ丸い像になったり、周りに同心円が見えたりします。 このような結像の際の望遠鏡の癖を「点拡がり関数 (てんひろがり かんすう; Point Spread Function、PSF、以降 PSF と呼びます)」と言います。我々は、EHT の PSF 構造を調べました。 ふつうの望遠鏡のPSFに比べてみると、比較にならないほど凹凸(でこぼこ)した構造を見つけました(図2を参照)。 通常、電波干渉計ではPSFの凸凹構造を取り除く作業(デコンボリューション)を行います。EHTCのリング像はこのデコンボリューション作業において引き起こされた形状であると仮説を我々は立てて、検討を行いました。 まず、EHT の PSF 構造を良く調べました。中央の位置するメインビームに対して、その49パーセント の強度を示す第一サイドローブがあり、それはメインビームから49 マイクロ秒角離れたところにあります。 しかも、メインビームと第一サイドローブの中間点にはとても深いマイナスのくぼみがあり、その深さはメインビームに対して -89パーセントにもなります。 つまり、EHTC の測定したブラックホール・シャドーの直径は、PSF の構造にあるメインビームと第一サイドローブの間隔と全く、同じなのです。 PSF には第一サイドローブだけではなく他にも凸凹があります。EHTC のリング像をみるとリングの上に3つの目立つ明るい部分があります。 その位置関係は、PSF構造におけるメインビーム、北側の第一サイドローブ、そして東側にあるサイドローブの位置関係と同じでした。 また、EHTC のリング像はデコンボリューションの後、20マイクロ秒角サイズの円形の復元ビームを用いて、きれいな像に合成されています。 しかしその像の中央に見える“ブラックホール・シャドー“の部分の形はPSFのメインビーム部分の形と一致していることがわかりました。 このように、EHTC のリング像と PSF 構造には複数の類似点があります。このことは EHTC の行った撮像解析プロセスには、PSF のデコンボリューションに関してなにがしかの問題があることを意味しています。

Figure 2
図2:EHTの望遠鏡としての特性を示す「点広がり関数 (PSF)」。観測天体が完全に点源である場合、それがどのように結像されるかを示した図 (実際のデータ解析ではPSFの構造の影響を除去し、きれいな像を作る処理が行われます)。 赤色はプラス部分、青色はマイナス部分を示します。中央のメインビームから南北 (図の上では上下)に 25 マイクロ秒角 離れたところに深いマイナスくぼみが現われます(黄色の×印)。 北のこのくぼみを中心に直径 50 マイクロ秒角の円 (黄色の点線) を描くと、複数のピーク (黒色の×印)が円周上に乗ります。メインビームと(それに次いで高い)第一サイドローブの間隔は 49 マイクロ秒角です。 これはEHTCの測定したブラックホール・シャドーの直径 (48.7±7.0 マイクロ秒角) と完全に一致します。右図には緑の等高線でEHTC報告のリング像を重ねてみました。 リング上の3つの明るい部分はPSFに存在する3つのピークにほぼ対応します。

EHTC 撮像解析プロセスでは観測データのエラーを取り除く(データの較正といいます)ため、最初から Sgr A* の像について仮定している部分があります。 ひとつは、Sgr A* の大きさを60マイクロ秒角であると仮定し、一部の観測データの振幅を較正していることです。 また、Sgr A* の構造は観測中に変動するのですが、この変動の影響を和らげるために、一般相対論的磁気流体力学 (GRMHD) シミュレーションから得られた知見、 つまり天体の構造やその物理状況についての推定を使って観測データに重み付けを行っています。 つまり、観測撮像結果を最初から仮定していることになり、これは純粋な意味での撮像ではないことになります。

さらに、撮像解析プロセスでは、最終的な撮像結果を選び出すために独自の判断基準を EHTC は用いています。 通常は観測データと撮像結果の整合性を基準にして最終撮像結果を選びます。EHTC はそうではなく、たくさんの撮像パラメータで得た多数の撮像結果の中に最も多く現われた形を最終像として選び出しました。 我々の心配は、上記のような EHTC の行った撮像解析プロセスでは PSF の正常なデコンボリューションがなされず、結果として得られる像が、 観測天体の構造よりも PSF の構造的特徴を反映したものになってしまう可能性があることです。

一方、我々の独立解析では、これまで伝統的に用いられてきた撮像解析法を用いて、最終的な画像を導き出しました。 つまり、広く受け入れられているハイブリッドマッピング法という手法を用いました。この方法は CLEAN アルゴリズムという方法を使って PSF のデコンボルーション作業を行い、自己較正(セルフキャリブレーション)と呼ばれる観測データの較正法を行います。 この二つの作業を交互に反復しながら天体像を徐々に確定してゆく方法です。この際、我々はハイブリッドマッピング法の使用にあたって、これまでに確立されてきた注意事項に従いながら作業をおこないました。 得られた像を PSF の構造と比べました。そして PSF 構造の特徴と共通していないことを確かめ、最後に、観測データとの整合性が最も高い画像を最終像として選び出しました。その結果が図1です。

我々の得た像は東西にやや伸びた形になりました。この像では東半分が西半分に比べて明るくなっています。 この東西の明るさの違いは、おそらく降着円盤の高速回転によって起きるドップラー・ブースト現象のせいだと思われます。 光を放つ物体が光速に近い速度で接近するとドップラー・ブーストによって明るく輝いて見えます。 逆に光速に近い速度で遠ざかる場合、本当の明るさよりも暗く見えます。 この現象は基本的にはドップラー効果と同じものです。東側(図では左側)が我々の近づく方向に、西側(図では右側)では遠ざかる方向に、降着円盤は回転していると考えられます。 我々の計測では、ブラックホールの周りに降着円盤があり、ブラックホールからシュワルツシルト半径 (光を含めて、何者も脱出できなくなるブラックホールの周りの領域の半径をシュワルツシルト半径といいます) の2倍から数倍あたりのところが見えていると思われます。そこでは降着円盤は光速の60パーセントくらいで回転しています (図3)。

Figure 3
図3:なぜ東半分、西半分で明るさがちがってみえるか?降着円盤が光速の60パーセントもの速度で回転しているために起きるドップラー・ブースト効果によるものと考えています。

論文情報

この研究成果は、英国の天体物理学雑誌「王立天文学会月報』 (英: Monthly Notices of the Royal Astronomical Society (MNRAS)) に、2024年10月25日付で掲載されています。 (M. Miyoshi, Y. Kato, and J. Makino “An independent hybrid imaging of Sgr A* from the data in EHT 2017 observations” )
https://doi.org/10.1093/mnras/stae1158


論文和訳版(PDF)